言葉は壁じゃなくて
もうすぐバンコクに来て、5か月。
先月からタイ語を習い始めたのですが、
齢40手前のおばちゃんの、記憶力の低下を思い知らされるばかり。
でもまあ、ふだんの生活は、
中途半端な英語と、少し覚えたタイ語と、切羽詰ったら日本語を織り交ぜて、
なんとかかんとかコミュニケーションをとっています。
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初めて外国に住んでみて、感じたことには、
「サワッディーカァ(こんにちは)」
「コプクンカァ(ありがとう)」
「タオライカ(いくらですか?)」
「OK(これはきっと世界共通。とても便利な言葉!)」
これくらいでも、なんとかやっていけるもんだなぁということです。

そして、そのときどきのシチュエーションで、
言葉はまったくわからなくても、
言っていることはだいたい理解できるということがとてもよくあって、
お互いに感じることや、見せてくれる思いや気遣いなどは、
国は違っても同じなのかな、と改めて思いました。
言葉って、もちろんとても重要なものだけど、
人と人とをつなぐのは、決してそれだけではない。
感じているものをつなげる道具で、
壁じゃなく、渡し舟のような、言葉をそんなもののように感じます。

最近、買い物をしていると、
店員さんに、ぺらぺらぺらーっとタイ語で商品の説明を受けることが増えてきました。
だんだん現地にとけ込んできた、ということか!?、と、
ちょっとうれしく思っています。

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by notes-cohalu | 2013-05-24 02:22
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